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平重盛の墓と小径<福岡県太宰府市>

平貞能が建立

小学校の敷地内に平重盛の墓があります。お墓というより祠のような…?
そして「平重盛の小径」の標識。
この地に墓を建てたのは……

住所
福岡県太宰府市連歌屋1丁目2-1(太宰府小学校内)
交通
西鉄「太宰府」駅徒歩約5分

※グラウンド北西の角にあり、木々に囲まれています

参拝について
太宰府市観光案内所に問い合わせたところ下記のようにお返事頂きました。
> 見学の際は学校の事務室に一声おかけください
※2016年7月現在
参拝目安時間
10分~
お気に入り度
★★★★☆
参拝日
2015/09/06、2016/07/30
備考
小学校の敷地内の為、参拝時間は考慮
※秋休みなど学校行事により参拝出来ない場合も有り
平重盛の墓

墓を建てたのは平貞能。代々平家に仕える有力家人です。

左後方に見えるのが小径の標識。
植物がお供えされている

平家物語(覚一本日)によると寿永2(1183)年、平家都落ちの際に京にあった平重盛の墓を源氏に荒らされないよう掘り返し、骨は高野山に送り、周りの土は賀茂川に流したと書かれています。

貞能は肥後守で、都落ちの直前に九州の反乱軍を平定して京に戻ってきたばかりでした。
しかし、何箇所かに分骨され祀られているようです。

太宰府は清盛、頼盛が大宰大弐に任官した、ゆかりのある土地でした。
(頼盛は実際に赴任しましたが、大宰大弐は現地には赴かないことがほとんどだそうです。)

また、都落ちした平家一門も太宰府入りしています。

墓には揚羽蝶紋が刻まれています。
よく見ると

後ろ側には「昭和13年1月改築」
背面

街の発展と共に墓は何度か移転しているそうですが、今は小学校の敷地で大切に守られているのですね。
どれが道?

守られている様子

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