平家都落ちの後、平知盛が父・清盛のために建てた清盛塚。
今日では道も整備されていますが、昭和初期まで永年無銘で荒れ果てていたそうです。
住所
山口県下関市彦島江の浦町
交通
JR「下関」駅からサンデンバス8番乗り場、約20分乗車「杉田」バス停下車徒歩15分
参拝について
自由
参拝目安時間
15分~
お気に入り度
★★★★☆
参拝日
2007/09/24、2019/03/23
備考
季節により蚊、蜘蛛などが多い…
解説板より
寿永3年(1183)中納言知盛は亡き父・清盛の遺骨を携えてこの彦島に入り平家最後の砦、根緒城の築城に取りかかり砦と定めたこの丘陵の小高い場所に納骨して墓碑を建立した。
寿永3年(1183)中納言知盛は亡き父・清盛の遺骨を携えてこの彦島に入り平家最後の砦、根緒城の築城に取りかかり砦と定めたこの丘陵の小高い場所に納骨して墓碑を建立した。
翌4年3月24日壇ノ浦の合戦に出陣したが、再興の夢ははかなくも渦潮の中に消え失せた。
墓碑は永年無銘のまゝ荒地に放置されていたが昭和4年土着の歴史に詳しい人達の手によって清盛塚と刻まれた。
祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
昭和62年10月
江の浦町4丁目自治会有志による聖城整備によせて
江の浦町4丁目自治会有志による聖城整備によせて
郷土史家 澤 忠宏 記
長門の国は平知盛が治めており、平家物語覚一本には彦島は引島と記されています。
季節により蚊や蜘蛛、蜂などと遭遇しますので1~4月までが比較的安心かと思います。
初めて訪れた時は9月下旬、塚までの道中は成長した蜘蛛に取り囲まれていました…
下関駅からの道のり
※道中の写真は2019年3月23日撮影
下関駅から8番乗り場のバスに乗車、杉田バス停まで約20分乗車です。
杉田バス停で下車すると道路の向こう側に清盛塚の案内が見えるので矢印に従って坂を上ります。
しばらくすると次の案内があり、矢印の方向を見ると…
住宅の間に細い道が。そう、ここを進みます!!
この道でいいのかと不安になりますが、ここです。
まだまだ進みます。
標識があるのでホッとしますね。
ここまで来るとあと一息!!
到着♪
右側の石に「清盛塚」と刻まれています。
左の石は…謎です。
バス停から清盛塚までは徒歩約15分です。
2007年と2019年の写真を比較。
まずは2007年の清盛塚。
2019年になると石が傾いていますね…
側には地鎮神も。
清盛塚からの風景
都に戻ることを願いながら平知盛がここに砦を築き、源氏との戦に備えていたんでしょうね…
塚までの道は木々や草が茂っていますが、危険を感じる場所はほぼありません。
きっと地元の方々により守られているんですね(^^)/