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大通寺(遍照心院)<京都府京都市>

一際目立つ東寺の五重塔から南へ約250m、住宅が立ち並ぶ一角にあるのが源実朝像(非公開)を安置する大通寺。
北条政子も支援したと伝わっています。

住所
京都府京都市南区西九条比永城町1
交通
近鉄「東寺」駅徒歩8分

参拝について
非公開のため参拝不可
訪問日
2018/12/09
解説板より
清和天皇の第六皇子・貞純親王(さだずみしんのう)の御子、六孫王経基(ろくそんのうつねもと)の子・満中(みつなか)が父の墓所に一宇を建立したのが起こりといわれる。
その後、260余年を経た貞応元年(1222)に、源実朝の妻・本覚尼(ほんがくに)が亡夫の菩提を弔っていたが、真空回心上人を請じて梵刹(ぼんさつ)を興し、萬祥山遍照心院大通寺(まんしょうやま へんじょうしんいん だいつうじ)と名付けた。

「尼寺」と称して親しまれ、実朝の母・北条政子も大いにこの寺を援助したといわれる。
後に「十六夜日記」の著書阿佛尼(あぶつに)も入寺し亡夫藤原為家(ためいえ)を供養したとされる。

足利尊氏・義満をはじめ織田・豊臣氏の崇敬も厚く、徳川氏代々も大いに興隆に努め、元禄年間には今の六孫王神社が造営され、塔頭も多数建立された。
東は大宮、西は朱雀を限りとし、南は八条、北は塩小路を境とする広大な境内であったが、江戸幕府の滅亡により衰微し、廃仏毀釈にあった。
明治44年(1911)には旧国鉄の用地となり六孫王神社だけを残して現地に移転し逼塞した。

本堂には「本尊宝冠釈迦如来像」、脇には「源実朝像」が安置されている。また、創建当時から伝わる善女龍王画像、醍醐雑時記は重要文化財に指定されている。
本覚寺置文二巻、阿佛尼真蹟、阿佛塚など国文学上重要人物を偲ぶにふさわしいものが多く、尊氏・義満の文書も多数蔵されている。

京都市

由緒

非公開だが大晦日は……

源実朝像があるということで立ち寄り、インターホンを鳴らしてみたところ、実朝像は非公開で、境内にも入れないということでした( ̄▽ ̄;)

しかしお話をうかがったところ12月31日の23時半頃~除夜の鐘の時のみ境内には入れて、境内の阿佛塚や空海像は見ることができるそうです。
1年に数時間だけの機会ですね。
空海像は外からも見える状態です。
外観

源実朝像については……いつの日か公開される日があるといいのですが(^^;
門は閉ざされている

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