下記の由緒をご覧いただきたいのですが、ここは北条政子が夫・源頼朝を追ってきた際に治療のため留まった場所です。
解説板より
(一部抜粋)
当浅間神社は、今から800年前鎌倉時代の文治年間(1185~90)の創建と伝えられます。
(一部抜粋)
当浅間神社は、今から800年前鎌倉時代の文治年間(1185~90)の創建と伝えられます。
右大将 源頼朝が豊島郡滝野川に出陣したおり、夫の身を案じ後を追って来た妻政子は、わらじの傷が痛み出し、やむなくここで傷の治療をすることになりました。
逗留のつれずれに亀甲山:かめのこやま:へ登ってみると、富士山が鮮やかに見えました。
富士吉田には守り本尊の「浅間神社」があります。
政子は、その浅間神社に手を合わせ、夫の武運長久を祈り、身につけていた「正観世音像:しょうかんぜおんぞう:」をこの丘に建てました。
村人達はこの像を「富士浅間大菩薩:ふじせんげんだいぼさつ:」と呼び、永く尊崇しました。
これが「多摩川浅間神社」のおこりです。
境内に政子ゆかりのものは見当たりませんでした。
写真色々載せておきます。
境内には見晴らし台が設けられています。
約800年前、政子も夕焼けを見ていたのかもしれません。
この日はまだお天気もちましたが、私が東海道を下ると必ずと言っていいほど雨が降るので、これは平家好きの私に対する源頼朝の妨害だと思っています。
ちなみに前々日から東京付近で史蹟巡りをしていましたが1、2日目は台風接近により荒天でこの日ようやく雨がやみました。
住所
東京都大田区田園調布1-55-12
交通
東急「多摩川」駅から南へ徒歩5分
参拝について
境内自由
参拝目安時間
15分~
お気に入り度
★★★☆☆
参拝日
2017/09/17
公式ホームページ