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高雄寺<奈良県葛城市>

春

後白河天皇とその孫の後鳥羽天皇の勅願寺とされる高雄寺。
現地まで行ってみましたが、建物はなく跡地のようになっていました。

こちらが参道。右側の屋根が鐘楼です。左手には病院。
ゆるやかな坂をのぼってすぐです。
鬱蒼

五輪塔も

解説板より
■高雄寺
後鳥羽天皇、後白河天皇の勅願寺で最も隆盛の時は「高雄千軒」といわれて繁華であったが、後に大火災に会って焼失した。又その後、明治13年5月浄土宗本願寺末寺となった。

■薬師堂
間口三間 奥行四間のお堂で、その中に薬師如来坐像は高さ二尺八寸(約85糎)で左手に薬壺を持ちその顔は、柔和な思わせる。

一本彫りで衣紋の彫りは浅く流麗で裳の扱いなどから藤原初期のものと思われる。

この薬師如来は、古くから授乳と難聴の人々に対して非常に霊験あらたかでああるといわれ、近郷の乳の出ない人々又は耳の不自由な人々の参拝が多かった。

その人々の願いが叶い、感謝の意をこめた絵馬が堂内に多く奉納されているその絵馬も乳を授かった人は乳をしぼっている絵馬、耳が聞こえるようになった人は、きりを板に何本もつけた絵馬、皮膚病の治った人はナマズの絵馬を奉納した。

又堂の隅に小さなビンが吊り下げてあるがこれは一度乳を授かった人が自分の乳をそのビンに入れて奉納し、次の子供が出来るときまで乳をあずけておいたものだといわれている。

今一つ薬師如来の正面左側に行者像があるが、これは本寺を開いたといわれる役小角の像で高さ二尺七寸(約82糎)で鎌倉末期の作である。

■観音堂
片三間のお堂で聖観音の像が本尊である。

高さ三尺三寸(約一米)彩色が剥げて白っぽく奈良新薬師寺の千手観音に似ている。

観音像は、一本彫の立像で手、足、天衣など後に補修された部分もあるが衣紋の翻波式も鋭く平安初期の作とみられている。

又、子宝を授ける観音様としても知られているがこれについて次のような言い伝えがある。

昔、子宝に恵まれない女人があった。
その女人はどうしても子供が欲しいということで、高雄寺の観音様に毎日お参りしたところ、百日目に丈夫な男の子を授かった。

人々はその児を観音様の申し子だと言ってその霊験のあたらかさに感心したということである。

その児が成長して後に浄土教に入り高僧恵心僧都:えしんそうず:(源信)が生れた。

その後、恵心僧都は當麻曼荼羅に帰依して中将姫の昔を慕い聖衆来迎:しょうじゅらいごう:の有様を再現するため二十五菩薩の装束と佛面で聖衆来迎練供養が鎌倉初期から現在まで當麻寺の年中行事として盛大に行われている。

以上

昭和55年4月吉日
葛城市観光協会

全容

説明

下記は参道の説明。上記と同じく「役 小角」の読み方が「えんのしょうかく」。今まで目にしたことあるふりがなは「えんのおづの」。しょうかくとも読む?!
間違い?

地元の方が手を合わせたり、犬の散歩に来られたりしていて、寂しい場所ではありませんでした。
収納庫

気候がよい時季だったためか猫が寛いでいました。
寛ぐ

観音堂跡をよく見ると……
跡

存在した当時の写真でしょうか。
すごい

裏側は苔だらけ
読めん

奥は何もない様子。
行き止まり?

「高雄寺」の読み方ですが、道中見かけた標識や案内図。表記は「takaoji」「takadera」両方あるようです。
たかおじ

公園

すぐ隣に由緒のない厳島神社もありました。
右が高雄寺。左奥が厳島神社。
鳥居がみえる

のぼる

あれ?

祀る

住所
奈良県葛城市新在家(當麻病院のすぐ北側)
交通
近鉄「当麻寺」駅から西へ徒歩30分

参拝について
自由
参拝目安時間
10分~
お気に入り度
★★★★☆
参拝日
2021/05/04
備考
葛城市のホームページにも掲載されています↓
https://www.city.katsuragi.nara.jp/soshiki/kikakuseisakuka/19/1703.html

高雄寺から北へ徒歩10分ほどで道の駅ふたかみパーク當麻(http://www.futakami-park.jp/)に到着します。
トイレ休憩

白いイチゴ「パールホワイト」のソフトクリーム♪♪ 年中販売だそうです。
美味しくてお勧め!
奈良のイチゴ

案内図

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