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源平の古戦場の碑・尾張川古戦場<岐阜県岐阜市>

墨俣川合戦の第二戦場。解説碑によると毎年旧暦3月に蛙たちが源平両軍兵の7魂となって合戦するそうです。旧暦3月に行ってみたい!

源平の古戦場の碑
源平の古戦場の碑
住所
岐阜県岐阜市柳津町佐波(坂巻運動広場の南西、草むらの中)
交通
JR岐阜駅から岐阜バス茜部三田洞線約35分「坂巻」バス停下車、徒歩10分

拡大地図では「35.353579, 136.724105」の場所

探訪について
自由散策
探訪目安時間
15分~
お気に入り度
★★★★☆
探訪日
2016/01/09
備考
坂巻運動広場から通れない様子。道路側から草むらを下る
道路から見ると遠くに碑がぽつんと見えます。知らなければ草むらを通って見に行かないと分からない状態です。
道路から見える碑
道路から見える碑
解説板より
昔からこのあたりの古池には蛙合戦の伝説がある。毎年旧暦3月になると無数の蛙が源平両軍兵の7魂となって合戦するのだという。
養和元年(1181年)3月10日源氏は行家(頼朝の叔父)義圓(頼朝の異母弟)を将として墨俣川の東岸に陣を取り、平家は重衡(清盛の五男)、維盛(清盛の嫡孫)を将として川の西岸に陣を布いた。翌11日激戦となり義圓は討死、行家は敗れ退いてこのあたりに陣をとったが、防戦の後源軍は敗走した。この地から足近町直道一帯は第二の戦場であって、当時戦死者を弔うためこの地に本養寺が建てられた。その後この寺は羽島市足近町市場に移り、現在の願教寺となる。
「古戦場尾張川」の石標は明治になって願教寺の手によって建てられたものである。

昭和61年3月
碑にはふりがなも

名前の読み方は難しいのか親切にふりがながふられています。

源平の古戦場の碑
源平の古戦場の碑
碑のふりがな
碑のふりがな
明治になって建てられた「古戦場尾張川」の石標
古戦場尾張川の石標
古戦場尾張川の石標
この場所はあまり知られていないようですが、忘れられないように碑が建てられているのは有難いことですね。

墨俣川の場所についてはこちら↓
https://genpei.sakura.ne.jp/genpei-shiseki/sunomatagawa/

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