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鵺池と鵺大明神<京都府京都市>

源頼政が鵺(鵼)退治に使った鏃を洗ったと伝わる池が、二条城のすぐ北にある二条公園の一角に存在しています。
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住所
京都府京都市上京区主税町
交通
①京都市営地下鉄「二条城前」駅、徒歩20分
②JR「二条」駅、徒歩15分

参拝について
自由参拝
参拝目安時間
15分~
お気に入り度
★★★☆☆
参拝日
2014/05/05
備考
解説板より
二条公園の北側には鵺池という小さな池がありました。傍らには不鮮明ですが鵺池碑と書かれた石碑があり、さらにその北側には鵺大明神の祠があり、そこには新しく復元された碑が建っています。
平安時代、二条公園を含む付近一帯は、天皇の住まいである内裏や、現在の国会議事堂に当たる大極殿を正殿とする朝堂院、そして今の内閣に相当する太政官など、国家政治の中心となる官庁街でした。
『平家物語』巻4によると、院政期とも呼ばれる平安時代後期、深夜、天皇の住まいである内裏に怪しい鳥の鳴き声がし、近衛天皇が非常に怯えられた。そこで弓の名手である源頼政が射落した怪鳥は、頭は猿、胴は狸、手足は虎、尻尾は蛇という姿の鵺(鵼とも書く)であったといい、そのときに血の着いた鏃を洗ったのが、この二条公園の池だと伝えられています。
この度の再整備において池・流れ施設を整備し、鵺池碑を移設しました。

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鵺とは?
頭 →猿
胴体→狸
尾 →蛇
手足→虎
声 →鵺
※鳥のトラツグミの別称が「鵺」。口笛のような気持ち悪い鳴き声のため、そんな別称があるそうです。

これが「鵺」です!!
ヘビの尻尾

源頼政とは??
保元の乱、平治の乱にも出陣し、平治の乱では最終的に平家側につきました。
平家が隆盛を極める中、高齢になってようやく昇進し、「源三位(げんざんみ)」と呼ばれています。
鵺を退治したことで有名です。
カッコイイイ
※頼政と鵺の銅像は兵庫県西脇市の長明寺にあります。
長明寺についてはこちら → https://genpei.sakura.ne.jp/genpei-shiseki/tyoumeiji/

鵺退治

平家物語覚一本には頼政が鵺を二度退治したことが書かれています。
①近衛天皇在位の仁平年間(1151~1154年頃)
②二条天皇在位の応保年間(1161~1163年頃)
※他にも説がありますが、平家物語覚一本の内容に則ります。

近衛天皇が毎晩午前2時頃にうなされるようになり、謎の化け物退治に選ばれたのは源頼政。1104年生まなので当時50歳前後です。

頼政は気が進まないようでしたが、勅命を断ることも出来ずに郎党の井早太(いのはやた)を連れ、とがり矢2本と慈籐の弓を持ち、紫宸殿で待ち構えます。

頼政が見事に矢で射とめ、井早太が取り押さえて刺してとどめをさす呼吸の良さ。
宮廷の人々も集まってきてどんな化け物か確認する様子など、平家物語はリアルに描かれています。
近衛天皇も関心され、頼政に「師子王」という剣を与えます。
もう一つ、二条天皇の時の鵺退治では御衣を賜った話があります。

どちらの褒美も天皇から直接ではなく取次の者から受け取るのですが、取次の者が渡す際に上の句を詠み、とっさに下の句を返す頼政。
歌にも長けていたことがわかりますね。

鵺退治に使った鏃を洗ったのが鵺池です。
現在は城の存在感が大きいですが、平安時代の内裏は二条城の北側を中心に広がっていました。

解説板より
この二条公園は、昭和9年に開催された「大礼記念京都大博覧会」会場内の児童遊園地を利用し、整備して開園しましたが、近年、施設の老朽化が進んだことから、ワークショップ並びにアンケート調査を基に検討し、街中にある自然を取り込んだ多世代がふれあえる空間のある公園として生まれ変わりました。
またこの二条公園は、平安時代には右の平安宮復元イラストの赤く塗りつぶした宮内大路(大炊御門大路と壬生大路の交差点北域)にあたり、壬生大路を挟んで平安宮の重要な役所である太政官と宮内省及び園韓神社<そのからかみしゃ>(園神と韓神を祀る)がありました。
公園整備前の平成15年2月に遺跡確認調査を行った結果、宮内省西面の南北築地基底部(地業跡)や溝とみられる遺構のほか、平安時代前期の遺物包含層が見つかり、その中から当時使用されていた瓦や土器が出土しました。

平成17年3月京都市緑政課

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赤い部分が鵺池のある現在の二条公園です。
平安宮復元イラスト

現在では碑が建てられ、U字型に水が溜まっています。
800年以上前はどんな形だったのでしょうね。

鵺池

鵺池碑

その鏃が宝物として伝わっている「神明神社(しんめいじんじゃ)」はこちら↓↓
https://genpei.sakura.ne.jp/genpei-shiseki/shinmeijinjya/

鵺大明神

池の斜め向かいにある「鵺大明神」
公園内からも見えますが、参拝するには一度公園の外に出ます。
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鵺大明神前の碑は、鵺池について書かれているようです。
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鵺の森

鵺池より東へ約4kmの場所にある大将軍神社は「鵺の森」と呼ばれていたそうです。

住所
京都府京都市東山区三条大橋東三丁目下る長光町640
交通
京都市営地下鉄「東山」駅、徒歩5分

解説板より抜粋
又、樹齢800年と伝える銀杏の大樹があり、かつては鵺の森とも呼ばれ、源頼政の鵺退治の伝説を偲ばせる。IMG_2872

この「かつては」が、いつの時代を指すのかがはっきりしませんが、当時を彷彿とさせる場所を訪れてみるのも面白いかもしれませんね。
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鵺のその後

仕留められた鵺は川に流され、現在の大阪の都島(淀川)に流れ着いたと云われていて、祟りを怖れた村人達が土に埋めて塚を作り、祀ったのが鵺塚と云われています。

↓大阪市の鵺塚についてはこちら↓
https://genpei.sakura.ne.jp/genpei-shiseki/nueduka_o/

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