今年で3回目となる命日法要「平宗盛公を偲ぶ集い」は835回忌。
2019年6月16日(日)1時半~
・ご挨拶
・神戸・清盛隊の宗盛様と重衡様による歌・「桜歌」
・歴史講演
・肖像画の披露
・宗盛公が愛でた桜の植樹
宗盛公胴塚保存会の方が大変、清盛隊に好意的で2年前の2017年には棟梁・清盛様、重衡様、敦盛様、GIONさんが参列。
今年はついにご本人・宗盛様と命日が2日違いの弟・重衡様(6月21日と6月23日)が参列。
主催の方のご挨拶の時に清宗の名前が出たのは嬉しかったですね。
宗盛公の息子で壇ノ浦合戦にて親子で生捕りにされ同じ日に斬首されていて、供養塔は南草津にあり曜日関係なく毎年6月21日に法要が行われています。
宗盛公が最後の最後まで「右衛門督(うえもんのかみ)はもう斬られたのか?!」と気にかけていたのがこの清宗のこと。
卒塔婆に清宗の名もありました。
清盛隊の宗盛様と重衡様が歌ったのは2016年にCD発売された「桜歌(はなうた)~yamato~ 」のピアノバージョン。
通常バージョンよりゆっくりめ、ピアノ曲に乗せて胴塚で響き渡る宗盛様と重衡様の歌声が素晴らしさに聞き惚れてました♪
聞けるのは恐らく今日だけ。とても胸にしみる歌でした。
歴史講演では宗盛公の人柄について。あまり良い話は残っていないとしながらも、捕らわれた先では地元の人たちと打ち解けていたという内容は新たな発見でした。
配布された資料には宗盛公と恋仲になった「熊野(ゆや)」とのこと。
熊野(ゆや)は池田宿(現在の静岡県磐田市)の娘で、生捕りにされた重衡卿が鎌倉に送られる途中この宿に泊まった時に出会い、以前、宗盛公が寵愛していた熊野だということを知りました。
このお話の時、清盛隊の重衡様の目の前で「私は奈良出身で奈良を焼いた平重衡が大嫌い」とおっしゃっていて^^;
そして重衡様に「あ、あなたでしたか!!」にはネタかと思いました(笑)
奈良の般若寺には重衡供養塔や重衡桜があって、私は奈良で重衡様は大事にされていると思います(^-^)
熊野は平家物語や謡曲に登場。宗盛公の人柄を語るのに清盛公が白拍子・祇王を追い出したことと宗盛公が熊野が病気になった母がいる故郷に帰りたいと言って最初は許さなかったが、母を想い詠んだ歌に心を打たれ熊野を故郷に返したことの比較なども(^^;
講演が終わるころに雨がポツポツ……
予定より少し早めに読経を。急にザーッと降ってきて雨の中のお焼香となりました。
雨がほぼ止む頃に桜の植樹。この雨は桜にとっては必要な水だったのかも?と後から思えました(^-^)
桜は3箇所に植えられ、奥から
清盛桜
宗盛桜
清宗桜
親子三代の名前の付いた若い桜🌸
参列者全員で少しずつ土をかけました。
おかめ桜という種類のようです。
桜の季節には成長を見に来たいo(^o^)o
※追記※
翌年2020年3月に大篠原まちづくり協議会さんが開花状況をアップされています。
全文を表示する場合は「大篠原まちづくり協議会」の下の投稿日時をクリックしてください。
背景に桜が描かれた肖像画を持った宗盛様と重衡様のフォトセッションの時間もありました!!
この肖像画はポストカードとなって、この日の参列者に配布されました。かなり時間を費やされたそうです。
このポストカードは今後販売するようなお話も…?
肖像画の第二弾、第三弾もという司会者さん。肖像画に第二弾、第三弾があるのかと思っていたら清盛隊の宗盛様や歴史上の清宗さんの肖像画もぜひにということだそうです(^^*))
帰りにお供えの篠原餅をいただきました。いつもありがとうございます。
せっかくなので新しい案内のところで写真を撮りました♪
「清盛隊」が「宗盛隊」と間違われたりするほど宗盛公への愛が溢れている法要でした(^-^)
Zテレビや毎日新聞社が取材に来られていました。
宗盛胴塚には数回来ていますが、どんどん整備されてきて鬱蒼とした場所だったのが陽の光が差し込むように変わってきて、案内も新しく設置されこの場所の存在が知られ、大切に守られることを祈るばかりです。
本日はありがとうございました!!
JR野洲駅南口から近江鉄道湖国バスで三井アウトレットパーク行きに乗車約20分。
「道の駅 竜王かがみの里」バス停下車、西へ徒歩約10分
徒歩約10~20分圏内に義経元服の地として義経関連のものが多数!!
・竜王かがみの里の記念写真
・昼餉に食した静御膳(静御前)
・元服池
池には子供のザリガニがたくさん♪
・鏡神社
他にもありますのでまたの機会に……