
※このページの写真は2025年3月25日撮影
平家が船を隠したとされる場所。
源氏軍は海から攻めてくると考え、屋島からは見えにくいこの場所に船を隠しました。
書籍『義経、讃岐を駆ける』(ビコー出版)によると平家の指揮者である平教経にちなんで「能登守の船隠」とも呼ばれているそうです。
解説板より
船かくし
船かくし
寿永2(1183)年7月、木曽義仲の軍に敗れた平家は幼帝・安徳天皇を奉じてここ屋島周辺に陣を敷き勢力の回復をはかろうとしました。
そして平家は、この浦はもちろんのこと、久通:くず:、丸山、本浦、鎌野、大島、兜島など庵治浦全体を兵船の船だまりとして、海上からの源氏の攻撃に備えたと伝えられています。
特にこの浦は、南の小山の影になり、屋島の本営から見えないこちから「船かくし」の地名が残っています。
説明板は「船」、バス停の漢字は「舟」
バス停から海方向へ歩くと正面にみえるのが(多分)大島。バス停の説明板にも平家が船を隠した地名の一つに書かれていますね。
ちなみに兜島はこの場所からは見えませんが、上陸許可が必要な場所のようです。
地図を貼っておきます。
バス停からも海が見えます。
船かくしへのバスは1時間に1本ほどですが、停車バス停が多いで行きやすい場所でした。
久通:くず:というバス停も通過しますが、ここも説明板に書かれている地名ですね。
住所
香川県高松市庵治町
交通
JR高松駅やことでん高松築港駅などからことでんバス庵治線に乗車、舟かくしバス停下車すぐ
※屋島合戦史蹟が多いことでん八栗駅などにもバス停あり
※屋島合戦史蹟が多いことでん八栗駅などにもバス停あり
探訪について
自由
探訪目安時間
10分~
探訪日
2025/03/19
備考
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