現在のぺージ
Home > 平忠盛 > 平氏発祥伝説地(忠盛塚)<三重県津市>

平氏発祥伝説地(忠盛塚)<三重県津市>

碑と池

平忠盛から四代前の平維衡が伊勢守となって以来、拠点を置き、後に伊勢平氏と呼ばれるようになりました。
ここには平忠盛の胞衣を埋めた説もあり、産湯池には碑が建てられています。
緑地帯?

住所
三重県津市産品
交通
①近鉄及びJR「津」駅、東口番乗り場「片田団地」行バス乗車約30分、「忠盛塚」下車徒歩5分
②近鉄「津新町」駅、西口3番乗り場「片田団地」行バス乗車約10分、「忠盛塚」下車徒歩5分
※バスの時刻などは三重交通のホームページ↓
https://www.sanco.co.jp/krs/

探訪について
自由
探訪目安時間
30分~
お気に入り度
★★★★★
探訪日
2011/08/14、2017/05/13
備考
バス停から平氏発祥の地までの間にコンビニ有り(2023年4月現在)
平氏発祥伝説地

桜の木の下に碑

別角度から見ると塚の部分が少し高くなっているのが分かります。
こんもり

先ずは道路に面している解説から。
詳しい系図付き。
詳しい系図

解説板より
■平氏発祥伝説地

三重県指定史跡

時 代 平安時代
所有者 津市
指 定 昭和14年3月25日

一般に「忠盛塚」と呼ばれるこの地は、正式には「平氏発祥伝説地」といいます。
この塚は、平忠盛が産まれたときの胞衣:えな:を埋めた「胞衣塚」ともいわれ、忠盛が産湯を使ったとされる産湯池も残っています。

桓武天皇の曾孫 高望王:たかもちおう:を祖とする平氏は、初め東国に土着し勢力を張っていました。
しかし、平将門の乱や平忠常:たいらのただつね:の乱以後、東国は源氏の地盤となり、貞盛の子・維衡:これひら:の時に伊勢・伊賀を本拠地とするようになり、寛弘3年(1006)維衡は伊勢守に任じられています。

「平家物語」には、眇め:すがめ:田舎武士の昇進をねたんだ公卿が「伊勢瓶子:いせへいし:は素甕:すがめ:なり」とはやし、あざけったとあります。

維衡の曾孫・正盛は白河法皇の信任を得て中央政界に進出し、その子・忠盛は正四位下但馬守に進み、武士として最初の昇殿を許され、平氏繁栄の基礎をつくりました。

ところで、伊勢平氏とは維衡系のことで、「尊卑文脈」には維衡の孫・貞衡とその子・貞清は安濃津三郎、貞清の子・清綱は桑名冨津二郎と傍注され、北勢から中勢にかけての勢力伸張がうかがわれます。

貞衡の弟・正衡の流れの正盛・忠盛は、伊勢平氏の中では傍系にあたりますが、忠盛の昇殿、清盛の活躍により、伊勢平氏=忠盛と理解されるようになったと考えられます。
そして、貞衡系の伊勢平氏は、いつしか忠盛・清盛の郎従となり、歴史の表舞台から姿を消してしまいました。

津市教育委員会

内容はほぼ同じで解説板も新しくなっていました。
↓2017年5月当時
新調

↓2011年8月当時
以前

「史跡 平氏発祥伝説地」の碑。
しせき

刑部卿は裁判などを担当する刑部省の長官で、忠盛は仁平元年(1151)に刑部卿となっています。
役職も

更にもう一つ解説板がありましたのでこちらも紹介。
似た内容

茶色の解説板より
■平氏発祥伝説地

伊勢の国は、武家の棟梁 平氏の根拠地であった。
平氏にも数流あるが最も頭角をあらわしたのは、桓武天皇より出る”伊勢平氏”で平維衡が伊勢守として在任して以来、正度、正衡、正盛、忠盛と相ついで伊勢国や伊賀国に勢力を張った。
中央に進出した正盛、忠盛は海賊追捕などで武功を重ねて熊野や瀬戸内海の強大な水軍を支配し、院政政権の側近として活躍した。

安濃津は、白子や桑名とともに平氏一門の基地の港として重きをなしたが、忠盛の子の清盛も熊野参けいに安濃津から船出している。

この産品付近は忠盛誕生のときの胞衣塚、産湯池や邸宅跡など数多い伝承に包まれた平氏ゆかりの地である。

三重県教育委員会 津市教育委員会

これには船を出したことも

右後方に落人伝説地も含めてかなり広範囲のゆかりの地?が描かれています。
気になるところも多数!!特に右下。でも公共交通機関では行きにくい。°( ´:ω:` )°。
三重県全域??

奥に歩みを進めるとナギの木があり、平家との関連が記されています。
何代目?かのナギ

解説板より
■梛と伊勢平氏

かつて、熊野三山造営奉行であった平重盛が、平治元年(1159)に速玉大社社殿落成の記念に、ナギを霊力のある木として植えている。
重盛は忠盛の孫にあたる。

その後、このナギは大木に育ち御神木となった。ふるくから、この御神木は熊野詣の人々の目をひきつけ、これにあやかろうと、各地に植えられた。

特に「権現さん」と「平氏」ゆかりの地には、よく植栽されている。

ナギは風や海の「凪(なぎ)」に通じると、航海の安全を願って植えられたり、葉の脈が縦に多くあって、葉の両端を引っ張っても、簡単にはちぎれないので男女の縁が切れないようにと願って、この葉をお守りにも用いられた。

一方、個人庭園でも「モクセイ、モッコク、ナギ、ナンテンに松竹梅」と語呂合わせにいわれるようによく植えられてきた。

平成10年5月21日
寄贈

重盛のことが

このナギの隣に産湯池が!!
遠目で

池の真ん中に「産湯池」の碑。雨の日の撮影となりました。
池になっている

後ろには渡し橋?が。
橋?

↓ちなみ晴れた夏の日は水がありませんでした。
他の人の話しでも訪れた時は水がなかったそうです。池といっても常に水があるわけではなさそうです。
干上がり

8月に訪れた時はセミ、バッタ、トンボ、クモ、蝶など色々な生物がいましたので、苦手な場合は真冬がいいと思われます(^^;
蝉、蜻蛉

交差点、バス停名に

この近くの交差点は「忠盛塚東」
信号横にも注目

そしてバス停も「忠盛塚」
※下記、左が2011年8月、右が2017年5月の同じバス停です。色々変化が見て取れますね。
三重交通


交差点、バス停から西へ徒歩約5分ほどで平氏発祥伝説地に到着します。
※途中から何故か歩道がなくなりますが交通量はあるため、通行はお気を付けください。

銘菓 伊勢平氏

津市内で販売されている「伊勢平氏」♪
美味しくてオススメです。
美味しい

ベルギー産のホワイトチョコらしい

商品情報はお焼屋ホームページに↓
http://oyakiya.jp/wp/2016/08/26/%E4%BC%8A%E5%8B%A2%E5%B9%B3%E6%B0%8F/

Share
Top